フエルト文字の絵
STRicTLY BABY
♪ DRY&HEAVY
久しぶりに、フエルトの屑で文字の絵
描きました。この間の指描きしたのは
深夜の勢いのよく分からない文だし
長すぎて後で見返して嫌になったので
描き直しました😉
これが気に入ったから
早速壁に飾りました。
文字の絵
てぃんさぐぬ花
♪ by 沖縄民謡
てぃんさぐぬ花、
今日、これを描く前に
hikari JK artbookにcollage文字の絵
を描いたんですけど
どしてもてぃんさぐぬ花を描きたくなり。
そして聴きながら父と母のことを
考えたりしていました。
親の教えとか、そういう意味合いの
沖縄民謡なので。
家族のこと話すの、そんなに
どうかなーというのがあり
かいつまんでしか書いたことないんですけど
たまには、いいですかね。
わたしの両親、
とても自由な人たちでした。
だから少しこの世の地上からは
浮かんでいるように暮らしていたように
今は思ったり、します。
浮世離れというのとは違うんだけど。
父は、絵描きで、
銀座の数寄屋橋交差点、
今花時計がある辺りで
地べたに絵を並べて
その傍らに座り絵を描き、
絵を売って生活していました。
時々どこかのデパートだったり
色々な所で個展もしていましたけど。
私が小さい時は
TVに取り上げられたり。
(don cherryが映り込んじゃってますが!)
父は障害があるので1人では
上手く歩けなく、なので
父のそばにはいつも
母が寄り添っていました。
二人とも純粋で、
娘が言うのもなんですけどね、
(純粋だから良いってわけでもないですが)
世界や人を明るい眼差しで捉えて
生きていたと思う。(今とは
時代背景だいぶ違うけれど)
特にそれは父かなと思います。
母は、世俗的な感じからだいぶ
遠いような人で、そういう意味でも
色々苦労したんじゃないかと思います。
人の悪口とか、言いませんし優しすぎるし。
でも、現実としっかり向き合える
強さのある人で、父が亡くなってからは私と兄を
育ててくれました。母は小柄で優しくて、
ほんとに優しくて、誰にでも。
真似出来ません。
ただ優しいというのとは違うんですけどね、
私達には時に厳しく叱ってもくれましたし。
ちゃんと。
自分は、小さい時は
怒られて玄関の外に
よく立たされていましたっけ。
あなたはわがまますぎる、と
あと文句が多すぎる、というのを
よく母に言われていました。
母は多分すごく情熱的で、そこは
父よりも。かなと。
自分のやりたいこと、やる。
みたいな。
そこに行き着くまでは相当
悩む性質だったとは思うけど、
内にいつも秘めている感じでしたし。
ある時、突然インドへ旅だった時は
驚きましたよ。
死んじゃっている父や祖父母や親戚たち
の中で誰よりも、やれる強さ
あったなーと思います。
そうやって生きたよね、と思っています。
父と母は、駆け落ち婚でして。
父の自叙伝がありそれにぜんぶ書いて
あることなんですけども。
母も少し🤏書いてます。
もう絶版なのでその本自体のtitleや
詳細は省きます。
父は身体に障害があり、あと
絵描きだったことが理由で
母の両親、私の祖父母ですね、
特に祖母だけど、猛反対されて。
それで駆け落ちをしたあとも
どこまで追いかけられたんですよねぇ。
おばあちゃんは鬼パパ👹みたい
と思っていましたよ。
祖父は、優しかったんですけど、
ちょっと潔癖すぎる、そんな感じもあり。、
自分のことは棚上げて、
娘や孫のこととなると。という感じですけど。
そんな二人ももうだいぶ前に
亡くなっていて。
父が愛媛に帰るのを
許されたのは中学生の時です、わたしが。
だけど、そのすぐあとに父は自死しましたので
家族で帰省できたのはほんの僅かでした。
かなしい。
小さい時引越しが多かったのは、
そうやって追いかけてくる
鬼ばば😁の祖母たちをかわす為、
というのもありましたね。
母は、哲学の勉強を大学でして、
やりたいことも色々あったと思うんですけど
一度東京に出ても、すぐ引き戻されたり
姑息な手を使われて、祖母に。
娘をつかんで離したくなく手元に
置いておきたいから。それで母は、優しすぎて
側にいたみたいなんだけど、ある時父と出会って
とうとう、家を出た、というね。
父が、結果、連れ出してくれた。
良かったね!!お母さん‼︎
と、今思っています。じゃなきゃ
わたしも生まれていませんしね。
みんなもいろんな、それぞれの
家族があり、ルーツというか、
それがあって今がありますよね。
私は両親がもういないというのもあるけど、
親の縛り、あと、親戚もほぼ
もういませんし、縛りみたいなものはほぼ無くて。
心の奥底には、幼少期からの
何か、精神的な何かは根づいていて
つまり影響を受けていて
それを持ち続けて生きていくのかもしれないけど
でも、父とも母とも別の人間。
' 個々に在る'、という家族だったと思うし。
家族といえどもそれぞれの人生だよね。と思う。
となると、結婚は、どうだろう
と思ったりしています。
結婚していようがいなかろうが、
自分は自分でいて、良いのでしょうか。
と、そういうことを、もうだいぶ前から
何年も前から、たまに、考えます。
毎朝、両親はじめ祖父母や叔父、いとこ、
皆の写真に手を合わせているんですけど
父と母の写真を見るたび、
二人は今の自分をどんな風に
みてるかなってこと思ったりしています。
わたしの日々の心の声、うんうん、て
うなづきながら聞いてくれている。
そんな気はしますけど。
あと、最近よく思うのは、
絵を二人に見てもらいたかったな、って。
私の絵を、大好きだろうなー
って思うから。
なんか、それを思う度涙込み上がる。
涙腺が、弱いんですよ、昔から。
今日の朝、
鳥が🦜来たのです!
それで今日の鳥はひとり(一羽)じゃなくて
もう一羽の声もちゃんと聴こえてきて
昨日の今日だったから、
とてもhappyな気持ちになっちゃって
絵が、いっぱい
また描けてしまいました☺️
昨日の一羽の鳥は随分長く鳴いていたけど、
今日の鳥たちは長くなかったなぁ。
仲良くどこかへ飛び立ったのねー
って想像してうれしくなりました。
今日のhikari JK artbook
文字の絵コラージュは、
この間載せたHollie Cook
のDUBの別プロデューサーの曲と、
i ❤️miles&charlieの
曲で描きました。
ハルカちゃんミサさんアンナさん
文福茶釜の3人
ハルカちゃんとは多分10年ぶりくらいの
再会。昔の職場で一緒に働いていた。
全然変わらないですねひかりさん
と言われたけどそんなわけない!
けど、全く同じこと、ハルカちゃんにも
思ったから、時を飛び越えて
会えたんだねきっと。
このミキサーが可愛かった。
小さい!手のひら🫲サイズ。
監督のオリジナル曲が
とても良かったな。
もう1人のkatoさんがかけた
清志郎の ' おれは有名 '、
すごーいカッコ良かった。
監督はた〜らこ〜 た〜らこ〜♫の、
あのCMに流れてる曲も
つくっているんだものねぇ。
日々創作、
お仕事とは別にしている監督。
コラージュ作品は、毎日365日、
もう多分10年以上
つくってらっしゃると思うので
感嘆の思いです。
以前にそういえば、監督に言われた。
ひかりちゃんも毎日描きなよ!と。
それが今出来てるんですと話した。
腕が磨かれるよ、と言っていた。
そんな監督とは多分もう20年近い
お付き合いをさせていただいてて
監督主催の展示にもよく誘って
貰って。そうだ!それで
コミュニケーション能力高い、と
思ってくれたのだなぁ。
BAG展やTシャツ展に呼んで貰うことが多く、
わたしの売り上げがいつもだんとつに
良くて、そういう販売力にきっと長けているから、
そう思ってくれたんだなぁ。
私は自分の自覚ではコミュニケーション
能力は高くなく、、この間の投稿の自覚は、
誇張だったように思うので訂正..しよう
すこし人より気が回るというか気遣いが出来る、
ぐらいかな。、ほんとにコミュ力高い人って、
人との距離感に卓越している人って思う。
今お付き合いのあるみなみなさまは
そんなコミュニケーション能力が
高い方たちと思う。
監督は、わたしのことコミュ力高いと
言ってくれたけど、監督と同じで
大人な年齢であっても
人と絶交するタチですので
(よっぽどのことがあってですけど)
(よっぽどのことといっても、価値観の違い
それぞれありますけど)
コミュ力高いタイプとは決して
言えません☺️
土曜日の夜、楽しい夜だった。
文字の絵 - hikari JK artbook
← Talk
♪by beabadoobee
→
Our Conversations
♪by Little Simz badbadnotgood
少し前から何気に
beabadoobeeにハマっていて
一日何かしら曲を聴いている。
Little Simzとbadbadnotgood
この曲歌詞が特にいいな。
シンガーやラッパーの人は
自分のその時の感じたこと
気持ちを音楽にのせられて羨ましい。
リリックというのは強い武器だと思う。
何かを伝えたい時、ダイレクトになりすぎなく
それでいて核心に触れさせられる。
それが可能だから。
この間、なんとなく前に作ったplaylistを
見ていてyouth lagoonの
好きな二曲を久しぶりに聴いた。
そういえば歌詞もこの人のことも
良く知らないまま聴いていたと思って調べて
ジーンと来てしまった、Postersと17という曲。
17の方の歌詞の中に
when I was seventeen
My mother said to me
"Don't stop imagining,
the day that you do is the day that you die"
ってあって、涙が出た。
想像することを辞めたら 死んじゃうよ
って。仲間ねと思った。
だから私は
思い込みも激しく
1人勝手に昇ったり落ちたり。
そんな人生。これからも。
昔は物凄く外向きで家に留まることが
嫌いで嫌いで、いつも出かけていた。
いつも人に向かっていた。
下北や富ヶ谷に住んでいた頃。
人との出会いが楽しかった。
人と交流して話すのが好きだった。
今も好きな人気心知れた人と
話すの大好き。
土曜日に行った西荻イルフの
二人加藤さんのdub nightでCM監督であり
(たらこパスタソースシリーズのCM
手がけている)
(私も数年前にCMナレーションのお仕事
させてもらった)
コラージュアーティストでもある
加藤監督に、
ひかりちゃんはコミュニケーション能力
すごく高いって言われた☺️
そっかーーと思って。人は
そんなふうに感じてくれているのか。
たしかに、
だからずーっと販売接客の仕事
していたのかな。気を遣いすぎるくらい
つかえるし接客業には向いているとは思う。
話しを過去に戻すと、
あの頃は今ほどSNSが主体の時代でなかったし
対面して会うというのはふつうだったから
今より人とあえていたかな。
いまはいくらでも対面で会うのを
避けられるしそういうツール豊富。
コロナ禍の影響も大きいと思うけど。
コミュニケーションが希薄でなかったから
それはとても貴重な時期だったかなと思う。
ラインとかDMとかメールとか
要件伝え合うのとか、必須ツールなんだけど
顔見て話せたらごくシンプルに
分かり合えることも、
メッセージのやり取りだけだと
すれ違いが起きたり誤解もあるし。
それは去年1年間展示をやっていく中で痛感した。
すれ違った時、誤解を感じた時は
直ぐに電話をして話すとスムーズに解決する。
話せばわかるというのはほんとに一理ある。
私は相手の真意がわからないと
深読みしていちいち敏感になって
話せたらなぁってそんな時はすごく思う。
会って顔見ながら話せるのが1番だけど、
それが難しい場合には電話。
声聞きながら話すと安心して話せる。
そういうことからも感じたけど
自分は
誰かと、誰とでもだけどぶつかることとか
避けて生きてるなぁと思う。
相手を怒らせたくないみたいな気持ちが強い。
多分拒絶が怖いんだと思う。
それって究極的に言うと
人を信頼するのがなかなか難しいのか。、
稀にいるんだけど、
直ぐに仲良くなれる人。でも大抵は
時間がかかる。時間がかかっても
繋がっていく縁だけが
今残っているんだろうなぁ。
宝です。
何にしても対話を避けたら
そこまで。それで終わる。
これまで生きてきて学んだこと。
瞬間頭がなんだか真っ白になって
何も言えない、みたいなの、多かったな
ここぞと言う時。自分の気持ちは
言えない。なんでなのかなぁ、。
言えるように、なりたい。
今日の文字の絵は
all Thelonious Monk。
久しぶりにじっくり聴きました。
Monkのピアノはどこかコミカルさを
感じて、そこが好きなところです。
描いた文字の絵、
三つの曲タイトルを描いていて
1つ目は、
' Exactly Like You '
この曲の元は、1930年の
ブロードウェイミュージカルの
「 On The Sunny Side of the Street」という
曲みたいです。
タイトル、そういえば聞いたことある。
2つ目は
' Just You, Just Me ' という曲です。
元は歌詞のある1929年の映画主題歌で、
インストゥルメンタルとして
Monkがカバーした曲。
Monkはこの曲が大好きで、
元ネタの' Just You, Just Me 'から言葉を縮め
' Just Us ' を連想し、Just Usの英語の
発音の響きがJusticeに聞こえてJusticeが
あるならそこにはEvidenceが必要
との思いに至って
' Evidence 'という曲が誕生したらしいです。
すごい。そして
文字の絵の中に入れた3つ目は、その
' Evidence '
MonkとArt Blakeyがやっている
Evidenceを聴いてとっても良くって
それでこの曲の背景も知って
色々グッときました。
あと、「 Just Usこそが自分にとっての
Justiceであり、
音楽の真実Evidenceだ 」という
Monkの思いがこの曲に
込められているって。A I情報なので
ほんとのところは不明瞭ですが、
なんだか感動してしまった。
音楽の力はすごいなぁって、ほんと
そう思う。魔法おこすなぁって。
↓また 色を塗る前の絵を載せておきます。
今日は全面塗り絵🤭だったので
時間がかかりました。塗っていくうちに
原型をとどめない絵によくなるのですが
今日の文字の絵もそんな感じに。
サイン✍️も、入れました。
文字の絵にはたいてい入れないなぜだか。でも今日は入れられた。
こうやって後からみると、
色、塗らなくて良かったかも
と思ってみたり。
こっちの方が好きかも。
でも、今日は色をめいっぱい、
塗りたかったんだよなぁきっと。
そうだ、これを載せるの忘れていた。
何日か前に描いたhikari JK artbookの。
👀が沢山で
意外と時間がかかりました。
その日かな?
キリンジのエイリアンをたまたまSNSで聴いて
あ!この人たちエイリアン
ってわかった。私も混ぜて! って思った。
私もエイリアン👽🛸🤭
' きみが好きだよ エイリアン
この星の この僻地で
魔法を かけてみせるさ
だいすきさ エイリアン '
口ずさんじゃうなここ。
いい曲なんだねぇ ' エイリアンズ '
ちゃんと聴いたことなかった。
キリンジ、初期の頃聴いてたけど
そのあとはめっきり聴いていなかったな。
昔働いていたアトリエのオーナーの家が
その頃のキリンジのPVに使われたこと
あって、何の曲が思い出せないんだけど、。
その家に泊まりに行ったこともあったり、
とっても好きだったなぁ。
その女性は私の憧れの方だった。
懐かしい思い出。
朝から雨☔です。
雨だけど、鳥🦜が囀っている声が
聴こえて幸せな気持ちになりました。
昨日の夕方も
まるで私に何か語りかけているのかな⁈
みたいにすぐ近くで鳥が囀っていて
ひとりニコニコしました☺️
最近鳥の声がいっぱいするから嬉しい。
鳥の声聴こえると幸せ。
今日載せた3枚は、
上から
hikari JK artbook
文字の絵
María Lionza
Willie Colón
Rubén Blades (右ページ)
♪ by Willie Colón
Rubén Blades
屑色紙コラージュ&drawingしました。
' Siembra '
(種を蒔く)
というアルバムに入っている。
種を蒔くって素敵ね。
真ん中は、
今朝ストーリーに載せた指描きです。
María Lionza Willie Colón
って描いたけど、
ベースになっている絵は
1番下のコラージュ文字の絵です。
STOLEN MOMENTS
と描きました。
♪ by U.F.O.
昨日色々絵を描いて片付けする時に、
屑たちを床にぶちまけてしまって
それをひとつひとつ
拾い上げながら
コラージュしました。
片付けも出来るし、同時に
絵も描けて一石二鳥🤭
よくやる手法。
大抵おもしろいって感じるのが出来上がる。
ほんと即興。まぁ全部即興といえば
そうなんだけど、片付けしながらの絵は
さらに即興度が増します。
片付けの気持ちの方が、強いから
意識が、' 描こう ' からいつもより離れていて。
楽しいな、最近コラージュが。
色がたくさん視覚に入って
その状態で描けるのも楽しいです。
色を沢山使う、ということではなく
視覚としての情報に自分が
ワクワクする感じ。あ、でも
一にもニにも、音楽ありきですけどね!
María Lionzaって、ベネズエラの
女神的存在のようです。
愛、平和、自然の。
数日前にニュースでキューバの記事を
読んだのもあり、
ちょっとラテンアメリカのことを
思っています。
例のベネズエラの件が2月にあって、
ベネズエラ、
アメリカの傀儡にならざるを得なくなって。
その時もキューバどうなるかなって
心配で。、
資源燃料の唯一の拠り所が、
キューバにとってベネズエラだったので。
ベネズエラからキューバへ
送れなくなってしまったから。
2月以来、、。
ベネズエラの次は今イランで、
その次はキューバじゃないのかな、とか。
それ考えて、この間、
ゲバラの顔見ながら(本が色々あるんです)
涙出てきました。
とうとう、キューバが、
キューバ革命が、
埋もれてしまう。って。
カストロとゲバラも、もういない。
その後を継ぐ者も、いない。いたとしても
いや、いるはずなんだけど、
生きることにも困窮していたら
浮上できない。
キューバ、行ったことないんですけどね、
ゲバラはまあ無理としても
カストロが生きてるうちに行きたかったな
とか、時々思う。
カストロ、よく暗殺生き延びて長生き
したと思う。
63回?だったかな暗殺未遂。
ゲバラの最期は、
思うと悲しくてしょうがない。
裁判かけられることもなく、
その場で処刑された。
ゲバラ日記📓
を読むと、次第に追い詰められていく
様子もわかる。淡々と書かれていて
決して明るくなくどちらかというと
暗いんだけど、日記を通して
ゲバラは最後まで理想を追い求め
実現しようとする探求者であり、
同時に、詩人なのだなぁって
私は感じました。
結局、カストロが、ゲバラを
見捨てたからゲバラは死んだと、
私は思っています。
カストロは
当たり前だけど、政治の人だから。
でも、ゲバラは
政治家じゃない、本質的に。
革命を成功させた二人。そして
沢山の同胞たち。
天国から、この世界を今
どんな気持ちでみているだろう。
ムヒカさんも。
ムヒカさんのご自宅に、ゲバラの写真が
飾ってあったな。
この世界は、イギリスとアメリカで
回っている気がしてしょうがないです。
だって、そもそも世界の共通言語が
英語だもの。
ゲバラは、ラテンアメリカ全体を
解放したかったんだよね、あいつらからね。
ムヒカさんも若い頃は闘っていて
それで10年間監獄にいた。
10年間、。も。
ムヒカさんのドキュメンタリーや、
10年間の投獄の様子をえがいた映画があって
それを観ると、やっぱり
ムヒカさんと奥さまの
離ればなれで過ごさなきゃいけなかった
その10年を、とても切なく感じた。
だけど二人の絆がとてつもないもので、
そのことにも感動した。
ムヒカさんの奥さまも、
若い頃ムヒカさんと一緒に闘っていて
やはり二人の志しが、同じだったんだろうな。
志しが同じって、きっと強いと思う。
どうでもいい話しだけど、
ムヒカさんのドキュメンタリーを観て
私は、ムヒカさんの子どもに
生まれたかったなって思った☺️
あと、
キューバ革命が起こった時代にもし、
私がキューバに生まれて暮らしていたら
間違いなく革命に参加した。
命落としてでも、一緒に
立ち向かった。
ま、どうでもいいことなんですけど。
ゲバラは、元々お医者さんになろうと
医学部で学んで、僻地のハンセン病の
施設にしばらく住んで
患者さんたちを治療していたり。
キューバ革命時も、相手側の負傷者を
治療したり。そこはゲバラの美談側面
とも言える。やっぱり人も殺した訳だしね。
けど、どちらも事実。
人間は、相反するような側面を
誰もが持ち合わせているのかなと思う。
もしそうじゃなかったら
葛藤しないし苦悩もないのか。、
人間ほど複雑な生き物はいない。
雨☔の日には、
いつもよりも
内省的思索に耽ってしまう
私です。